聖書の成り立ちについて

2011年 11月 17日

Q 友人の勧めもあって、聖書を読み始めようと思っています。その前に、聖書がいつ、どのようにして今のような形になったのかを、知りたいです。よろしくお願いします。

A これは、非常に重要な質問です。ご質問の内容は、専門的には「正典(Canon)問題」と呼ばれています。つまり、霊感を受けて書かれた書はどれか、どこまでが聖書に含まれるべきか、という問題です。これについては、カトリックとプロテスタントの理解は異なります。カトリックは、いわゆる「外典(アポクリファ)」も正典の中に含めます。その理由は、七十人訳聖書(ヘブル語聖書のギリシア語訳、前3~1世紀)に外典が含まれていたからです。それに対して、プロテスタントは、旧約聖書39巻、新改訳27巻、計66巻のみを正典と認めています。

旧約聖書の正典化の過程は、新約聖書ほど難しいものではありませんでした。①前4世紀ごろには、ユダヤ人の間では、今の39巻が正典として認識されるようになっていました。ちなみに、現存する最古の写本は、前1世紀前後に書かれた死海写本です。②イエス・キリストもまた、当時のユダヤ人たちの判断を認定されました。「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです」(マタ5:17)。③どの書が外典であるかに関しては、紀元250年頃には、ほぼ意見の一致が見られました。外典の理解に関しては、今も若干の論争はありますが、通常は、外典は普通の歴史的な文書であるとされます。つまり、正典ではないが、当時の状況に光を当てる歴史的情報としての価値はあるということです。

新約聖書の正典化は、旧約聖書の場合よりも複雑です。

(1) 初期の信者たちの認識を見てみましょう。①ペテロはパウロの手紙に権威を認めています(2ペテ3:15~16)。②パウロの手紙は、諸教会に回覧されていました(コロ4:16、1テサ5:27など)。その権威が認められていた証拠です。

(2) 次に、教会教父たちの認識を見てみましょう。①ヒッポリュトス(Hippolytus)(紀元170~235年)は、22巻を、霊感を受けた書として認識していました。②正典に含めるべきかどうかで論争のあった5巻は、次のものです。ヘブル人への手紙、ヤコブの手紙、ペテロの手紙第二、ヨハネの手紙第二と第三。

(3) その後、ヒッポ会議(393年)、カルタゴ会議(397年)によって、現在の27巻が新約聖書の正典として認定されます。認定の規準は、以下のようなものです。①著者は、使徒か、使徒と関係の深かった人か。②教会全体から受け入れられているか。③正統的な教理や教えと矛盾しないか。④聖霊による霊感を感じさせる霊的、倫理的価値を含んでいるか。

(4) ここで注意すべきは、正典の範囲を教会会議で決定したということではないという点です。そうではなくて、信者たちがすでに正典として認識していたものを、教会会議で正式に確認しただけのことです。正典化の過程に神の守りと導きがあったことは明らかです。

いつの時代にも、神の権威を認めない者はいます。不信者の声に耳を傾けるのではなく、正典化の過程で働いた神の守りと導きを認め、安心して聖書を開いてください。

Posted by 中川健一 | 0 コメント

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