
#16 メシアニックジューはカルト集団か?
アシュドデ市のラビ長は、私達メシアニックジューのことをヒトラーより悪い連中だと言う。ラビ・アムノン・...
「あなたがたは行って、自分たちが見たり聞いたりしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない者たちが見、足の不自由な者たちが歩き、ツァラアトに冒された者たちがきよめられ、耳の聞こえない者たちが聞き、死人たちが生き返り、貧しい者たちに福音が伝えられています」 (ルカ7:22)
イエスと弟子たちが人々の前で行なった数々の奇跡は、イエスが大いなる権威を持っておられたことを証ししている。イエスは、自然界の威力、病い、悪霊ども、被造物に対して、さらに死に対してさえも権威を持っておられた。ところが イエスの御名によって癒されるくらいなら死んだ方がマシだと宣言するラビたちにとって、これは納得出来ないことだった。
その例が『トラクテイト アボダ ザラ17:a』に出てくる。ラビ・エリエゼルがラビ・アキバに、ヤコブという名のメシアニック・ジューがイエスの名で人々を癒していると告げた。その後27:bで、ラビ・イシュマエルの甥が蛇に噛まれたという話が出てくる。前出のメシアニック・ジューのヤコブがお祈りを申し出たところ、このラビはそれを固辞した。イエスの弟子たちがイエスの名で病を癒せることは知っているが、甥がヤコブの祈りで癒されるくらいなら、死んでしまった方がマシだと言うのだ(訳注: 三人とも1世紀から2世紀にかけて活躍したラビ)。
大変残念なことに、今も状況はさほど変わっていない。ラビたちは、イエスを偽のメシアだと思っている。例えば、ラビ・ヨセフ・ミズラヒ(訳注:現代のラビ)は、イエスが数々の奇跡を行なったことは認めるが、奇跡は、イエスがメシアであることを示すものではないとの立場だ。興味深いのは、イエス以降の賢人たちもラビたちも、イエスが奇跡を行なったことは否定しない。ただ、どのような権威によって奇跡を行なったかを問題にし、イエスのメシア性を否定しようとする。タルムードによれば、イエスの力の源と権威は、サタンから受けたものだという。ラビ・ダニエル・アソル(現代のラビ)は、こう主張する。「イエスが行なったことは、全て魔術の力によるものなので、イエスは偽預言者だった」「イエス自身が悪魔礼拝の化身だった」
このような見解の根拠になっているものは、イエスがエジプトで魔術を学んだという賢人たちの作り話である。この話の問題点は、根拠となる証拠の量も歴史的信憑性も貧弱であることだ。この話は、クリスマスにサンタクロースが屋根の上の煙突を通ってプレゼントを配っているという話と同程度のものである。タルムード以外の歴史的、文学的文書で、この話の裏付けとなるものは、一切存在しない。しかも タルムードにこの話が書かれたのは、イエス時代の数百年後だったという事実からも、その信憑性は益々低くなる。この話は、イエスが奇跡や不思議を行なう能力を持っていたことを否定するために創作されたものである。これは、ヴァン・ゴッホの傑作は、ゴッホに取り憑いていた悪霊の力によって描かれたものだと突然言い出すようなものだ。もう一つの問題点は、タルムードの中でのイエスに関する記述が、時系列的にも信憑性に欠けるという点だ。イエスがラビ・イェホシュア・ベン・ペラキアに師事したとの記述があるが、このラビが生きた時代は、イエスが生まれる何百年も前の時代だ。
ラビたちに、私たちの見解をいくつか述べてみたい。
ユダヤ教では、メシアにしか出来ない奇跡が4つあると教えている。
①ツァラアト患者を癒す。
②生まれつきの盲人を癒す。
③口をきけなくする悪霊を追い出す。
④死後4日以上経った死人を蘇生させる。
これらの根拠となる文書は、バビロニア・タルムードのトラクテイト・ネダリムにも、イエス時代のずっと前に書かれた死海写本(4Q521)にも見られる。死海写本を書いたエッセネ派の人たちは、これらの4つの奇跡は、メシアだけに出来るものだと考えた。預言者イザヤは、メシアが盲人の目を開け、耳の聞こえない人の耳を開き、口のきけない人が話せるようにすると予告している(イザ35章)。モーセ五書の完成以降イエスの時代まで、ツァラアトが癒されたユダヤ人は1人もいなかった。歴史的文書を見ても、そのような例は皆無であり、証拠も出てきていない。女預言者ミリアムの癒しは、モーセ五書完成以前の出来事であり、将軍ナアマンは癒されたがユダヤ人ではない。神が、ユダヤ人のツァラアト患者の癒しをメシアの専権事項として取って置かれたからだ。もしイエスがサタン的呪文によってツァラアト患者を癒そうとしても、癒せなかったはずだ。神がメシアのみに与えようとして守ってきたことを、偽メシアにさせることなどあり得ないからだ。
イエスは、ご自分の癒しの御業は、サタンの名によるのではなく、アブラハム、イサク、ヤコブの神の御名によるものだと言われた。しかしパリサイ人たちは、イエスはサタンの力を使っている魔術師だと、イエスを非難した。
「この人が悪霊どもを追い出しているのは、ただ悪霊どものかしらベルゼブルによることだ」。
イエスは知恵をもって答えられた。
「どんな国でも、分裂して争えば荒れすたれ、どんな町でも家でも、分裂して争えば立ち行きません。もし、サタンがサタンを追い出しているのなら、仲間割れしたことになります。それなら、どのようにしてその国は立ち行くのですか」(マタ12:24-26)
もしイエスの意図が、サタンの名によって魔術を行い、人々を偶像礼拝に誘い込むことだったとしたなら、イエスは失敗したことになる。なぜなら、イエスの働きは、逆に人々を 神に近づけるという結果をもたらしたからだ。ユダヤ人の神の御名によってイエスが行なった奇跡によって、ユダヤ人も、また大勢の異邦人も、偶像を離れてイスラエルの神を信じるようになった。もしイエスが、人々をイスラエルの神から遠ざけるために魔術師として出現したとするならば、その企ては完全な失敗に終わったことになる。イエスは、ご自身がメシアだから奇跡を行われた。今でも、ユダヤ人のメシアであるイエスの御名によって超自然的な癒しを体験する人々が世界中にいる。
ブルガリアのラビ長だったダニエル・シオンは、イエスをメシアだと信じたひとりである。彼はこう語っている。
「もしあなた方ラビが、全き心で神に祈り、よく考えながら新約聖書を読み、畏敬の念を持って新約聖書とメシアであるイエスに近づけば、神があなた方の目を開いてくださるものと私は確信している。イエスは善行のみを行い、イスラエルに悔い改めを呼びかけ、彼らを神の国に招いて下さった。イエスは数多くの奇跡と不思議を行った。イエス以前の預言者の中に、彼に匹敵する人はいない。お互いに愛し合い、敵さえも愛するようにと語ったイエスは、人々がひとつになることを願われた。こうして、イスラエルと諸国民の間に橋を架けて、イザヤの預言が成就することを願われた。それは、アブラハム、イサク、ヤコブの神が、全地の王になられるという預言の成就だ」
月刊紙:2019年3月号掲載
松村慶子 訳 中川健一 監訳
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