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ラビたちの教えに対する反論

#5 イエスは反ユダヤ主義者だったのか

「イエスは旧約聖書に反する事を宣べ伝え、新しい宗教を創設した・・・」。これは、メシアニック・ジューの信仰とイエスの教えに反対する人達の常とう句である。

ラビ・アソル(訳注:現代の正統派ラビ、反宣教団体活動家)は、自著の中で、「イエスと弟子達は、反ユダヤ主義者だった」と繰り返し述べている。しかし、イエスは本当に反ユダヤ主義者だったのだろうか。もしそうならば、旧約聖書の預言者達が同時代のユダヤ人たちに向って語った𠮟責や怒りの預言は、どうなるのか。彼らも反ユダヤ主義者だったとでも言うのか。また、ラビ・オバデヤ・ヨセフ(訳注:2013年死去、セファラディ系ラビ長、超正統派の政党シャス等を創設)やラビ・レントゲン(訳注:ユダヤ教神秘主義カバラのラビ、病気の診断や癒しの力を持つとされる)を批判する同胞のレポーターは、どうなるのか。これらの高名なラビたちの見解に同意できない人は、自動的に「反ユダヤ主義者」のレッテルを貼られてしまうのだろうか。自分と意見が合わない人を「反ユダヤ主義者」だと非難するのは、単に相手を黙らせる為の方便なのではないか。覚えておきたいのは、イエスはユダ族出身のユダヤ人であり、反ユダヤ主義を吹聴する異邦人ではないということだ。

 

旧約聖書の預言者達と同じように、イエスもまた当時の宗教的指導者を批判した。そのためイエスは、今日、反ユダヤ主義者呼ばわりされているのである。メシアは、先に遣わされたどんな預言者よりも、イスラエルの民と指導者の罪を指摘する権利を持っておられる。イエスが律法についてどのような見解を持っておられたかは、新約聖書を読めば明快に理解できる。

 

イエスは、旧約聖書を神のことばそのものだと信じておられた。

イエスは、律法についてこう語られた。「聖書は廃棄されるものではない」(ヨハ1035)。イエスは、旧約聖書を「神の戒め」「神のことば」と呼び、当時のラビたち(パリサイ人や律法学者)の教えに怒りを覚えられた。彼らが、自分達で作り出した言い伝えを民に強要し、結果的に神の律法を破っていたからだ。イエスは、律法についてこう言われた。「律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます」(マタ518

 弟子達や人々に話す時、イエスはいつも旧約聖書から教えておられた。「神があなたがたに語られた事を、あなたがたは読んだことがないのですか」(マタ2231

新約聖書には、イエスが旧約聖書を引用する場面が多数出てくる。イエスは旧約聖書を信頼できる確かなものと信じておられたのである。

 

イエスが、ご自身について律法を破棄するために来た、あるいは、旧約聖書は無効になったと語られたことは一度もなかった。

あなたを洗脳しようとする考え方の影響を受けるのではなく、これが真実か偽りかを、新約聖書を読んで自分で判断していただきたい。新約聖書もイエスの教えも、その内容は大変ユダヤ的なものである。私達メシアニック・ジューには、新約聖書は旧約聖書の代替品ではなく、旧約聖書と連動した書であることが分かる。それではなぜ、イエスは反ユダヤ主義者だと主張するラビ達がいるのだろうか。

幾つかの理由が考えられるが、一番の理由は、イエスがラビ達の教えに反する事を教えたということだ。当時のラビ達は、自分では実行しないような事を民に実行させようとした。彼らは、偽善的支配者だったのである。彼らが自分達で作り出した言い伝えを「口伝律法」と言うが、イエスは、彼らの「口伝律法」に反することを教えておられた。一例として、次の聖句を上げることができる。

「そのころ、パリサイ人や律法学者たちが、エルサレムからイエスのところに来て、言った。『あなたのお弟子たちは、なぜ長老たちの言い伝えを犯すのですか。パンを食べるときに手を洗っていないではありませんか。』…イエスは群衆を呼び寄せて言われた。『聞いて悟りなさい。口に入る物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します』」(マタ15章)

 

 ラビ達は、自分達が民に対して持っている権威がおびやかされることを恐れ、イエスとその教えに反対するようになった。彼らは、サンヘドリンにおける栄誉ある地位を失い、人々から賞賛される事もなくなるのではないかと恐れたのである。その結果彼らは、イエスを拒否する事を選び、イエスに対して好意を持たせないように民を導いた。この状況は、現在も全く変わっていない。

 

イエスは、「宗教」とは肥大化するものだと気づかせて下さる:肥大化は、人間の言い伝えが土台となって起こる。

イエスが聖書に記された神の律法を破ったり、それに反する事を教えたりしたことは一度もなかった。但し、当時のラビ達が尊んでいた人間の作った言い伝えは、完全に退けられた。人間の言い伝えから生まれた宗教は、私達を神から遠ざけ、宗教的指導者が編み出した「~しなければならない」「~してはならない」といった命令に、私達を近づける。現在、宗教的ユダヤ人は、聖書の内容よりもタルムードに書かれたラビ的言い伝えに精通している。そればかりか、両者の境目が分からなくなっている。歴史を通して見えてくるのは、言い伝えは神の戒めを犠牲にするかたちで肥大化してきたという事実である。肥大化の過程で、神の戒めは何度も破られてきた。恐怖心を土台とした人間の言い伝えや規定は、ユダヤ教に限ったことではなく、あらゆる制度的宗教に存在している。イスラム教徒やカトリック教徒も、規定と言い伝えを土台とした宗教を信奉している。彼らは、恐怖心が動機となって、行いに励んでいるのである。イエスは、まさにこの事態と戦う為に来られたのだ。

例えば、シナゴーグでの祈りに目を向けてみよう。ユダヤ教では、祈祷書通りに祈りを読み上げるのが日課となっている。そういう場で祈ると、神との交わりというより、祈祷文の朗読コンテストで競い合っているような感覚に陥る。他の人達の勢いに負けまいと頑張ってしまい、祈りに集中できず、疲労感が募るばかりだ。ラビ達の教えに怒りを覚えておられたイエスは、それより数百年も前の預言者イザヤによる𠮟責の言葉を引用し、こう言われた。

「この民は口先で近づき、くちびるでわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない」(イザ2913

イザヤは、この民が言葉の上では神をあがめているが、心は神から遠く離れているのだと警告の言葉を発した。

 

イエスは、私達が宗教的営みによって忘れてしまっている事―神は心をご覧になるお方であるという事-を示して下さった。複数の祈祷書を次々に読み上げても、どんなに高速で祈りを唱えても、神に感心していただけるわけではない。イエスは、当時の宗教的な人々の心が神から遠く離れていることに気付いておられた。彼らの関心事は、人間の言い伝えと戒めである。彼らは、神との真の関係を築くことより、言い伝えを正当化することに心血を注いでいたのだ。

 

このような視点をもって現代のユダヤ人の信仰を見ると、当時と状況はあまり変わっていないのが分かるはずだ。

現代のラビ達は、神との真の関係を持っていないのだが、イスラエルの人々に、自分たちが作り出したありとあらゆる規定を守るように押し付けている。

イエスは あなたが宗教の束縛から脱出する道、愛をもってあなたを受け入れて下さる恵みと哀れみに富む神への道を、差し出しておられる。

イエスにあっては、恐怖心は行動のための動機とならない。神の愛への応答が動機である。

 

あなたは、どう思われるだろうか。イエスは本当に反ユダヤ主義者なのか、あるいは、そのレッテルは、イエスが実際に語られた事をあなたに聞かせまいとするラビ達のやり方なのか。

原文リンク

松村慶子訳 中川健一監訳

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